マイファームタイムス つくる通信|夫婦で移住【前編】

2019年11月19日

インタビュー

つくる通信|夫婦で移住【前編】

この記事は、つくる通信バックナンバー 2019年10月号“夫婦で移住”より転載しております。

農の学校受講生 古谷浩二郎さん・幸子さん(ふるたにこうじろう・さちこ)インタビュー

田舎へ移住して農業をする!書店やコンビニエンスストアの書籍コーナーに並ぶ表紙にオシャレな写真と一緒に書かれているキラキラした謳い文句だ。都会での生活で疲れた人や大自然に囲まれた暮らしに憧れる人らに取って魅力的な田舎への移住生活だが、実際はどうなのだろうか。

今回は、すでに移住し、新規就農を目指す40代夫婦の言葉や生き様から「リアル移住&農業」を紐解いてみたいと思う。

きっかけは生とうもろこし

ここは兵庫県丹波市。モコモコとした山々が取り囲む自然あふれる里山的な原風景が美しいこの地は古くから有機農業が盛んな地域である。丹波地域というと、丹波黒大豆・丹波大納言小豆・丹波栗・丹波黒枝豆・山の芋などがブランド品として全国的に名を知られている。

そんな丹波地域に属している丹波市が設置し、マイファームが運営する全国初の公設民営方式農業学校が『丹波市立農の学校』である。2019年の開校に集まった第一期生は15名。年齢は20~60代、丹波市近隣からの通学をはじめ、東京・大阪・京都・島根からの移住者もいるとバラエティに富んでいる。

さて、今回取材したのは、この農の学校の現役受講生である古谷浩二郎さん。東京でシステムエンジニアをしていた生活から一転、新規就農を目指して夫婦で丹波市に移住し、農業を日々学んでいる。取材時にはパートナーである幸子さんにもお話を伺った。お二人の出身はどちらも関西。自然は比較的近くにあったというが都市部やニュータウンエリアで生まれ育ったため、全く農業や家庭菜園をしたことのない生活だったとのこと。

「東京にいる時、休日に八ヶ岳のペンションに泊まりに行ったんです。喧騒から離れて大自然の中で、人生で初めて生のトウモロコシを食べたんです。それが美味しくて。感動して。その他の夏野菜も、なんでこんなに美味しいんだろうって。近くの農業大学校で買えると教えてもらってからは毎年2~3時間かけて車で野菜を買いに行くのが恒例イベントになりました。枝付きの枝豆や真っ赤なトマトを早朝に買いに行っては自宅に戻ってご飯にするみたいなことを5年以上してましたね。その夏野菜と一緒に売られていた苗も買って帰って、自宅のベランダで育て始めたのが私たちの農業のスタートです」

二人は休日をイベントに変えた夏野菜たちを育てようと試みたが、ベランダ菜園では上手く育たなかった。その時、自宅の前にあったのがマイファームの体験農園。そこで自産自消アドバイザーの指導のもと野菜づくりの楽しさにのめり込んでいく。そして、偶然にもマイファームつくる通信と一緒にお配りした一枚のチラシが運命を変えた。

「新宿で説明会があって、その次には現地見学会に参加したんです。いざ丹波に来たら、『あれ?このタイミングで家探しといた方がいいんじゃないの?』って延泊して、家を決めて帰ってましたね。それから半年後には受講生として通ってました(笑)」

不安を解きほぐすのは

「すごい行動力ですね!ってよく言われますけど、何かが背中を押してくれたんですかね。全然思い切ってないし、悩みまくってとかでもないし。例えるなら転勤とかする感じに近い気がします。だから私たちにとっては自然な流れです」

田舎暮らしをしたいと考える都市部在住者の中には意外とネガティブな理由、いわゆる都市疲れから地方への憧れを考える人も少なくない。実際に読者の中にも共感する部分がある方がいるのではないだろうか。古谷さん夫婦もそのひとつである。
「東京も10年くらい経つと通勤ラッシュとかストレスがすごくて。フレックス使って朝早く出社してても嫌でしたね。だから休みの日には自然がある郊外まで車で出掛けていました。それに、仕事もサラリーマンとして一部分しか見れないのはちょっとなと思ってました。お金のために仕事している感じがして満足感が足りなかったんです。そこに農業って魅力があったら夢中になってしまって。シンドイかも知れないけど全体が見れる農業の方が楽しいのかなと」

しかしながら、夫婦で田舎へ移住して新規就農をするということへの不安はなかったのだろうか。

「もちろん怖さはありました。農業とか移住について調べると、結構ネガティブな体験談の記事とかが多くてナーバスになりましたね。でも、そのまま続けるのも怖い。今のご時世、サラリーマンも安定した職業ではないし、定年後に収入ゼロになった時に何も自分に残らないのも怖い。だから、どっちも怖いなら楽しい方を選ぼうと思って動きました。ある程度若い内だったら雑用でも頼ってもらえるかも知れないし、コミュニティに入りやすいかなって(笑)そして、実際に来てみたら、丹波市は全然閉鎖的なこともなくて、みんなウェルカムでいい人ばかりで怖さはなくなりましたね」

東京時代には人に疲れてしまい、コミュニティを避けるように生活していた二人が地方へ移住する決め手になったのは、現地で迎い入れてくれた人の温かさだったというから面白い。


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