マイファームタイムス つくる通信|都会育ちが自然農の先生と呼ばれるまで【前編】

2019年10月10日

インタビュー

つくる通信|都会育ちが自然農の先生と呼ばれるまで【前編】

この記事は、つくる通信バックナンバー 2019年1月号“都会育ちが自然農の先生と呼ばれるまで”より転載しております。
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マイファーマー 川崎史展(かわさきふみのぶ)さんインタビュー

「祇園精舎の鐘の声 諸行無常の響きあり」平家物語の有名な冒頭である。生まれる農園もあれば、終わる農園もある。今回はもうじき閉園することになる大阪の寝屋川農園で始まり、そして終わりを迎えようとしている、ひとつの物語をご紹介。都市で生まれ育ち、自然農を通してたくさんの気づきを得た一人の男性の7年間の軌跡をご覧あれ。

違和感

安心感を与える優しい語り口調と柔和な笑顔で川崎さんは取材に応じてくれた。今回の取材のきっかけは、2018年10月末に寝屋川農園で開かれたイベント『川崎史展さんによる自然のおはなし(自然農の実践を通して発見した生命の不思議~7年間の軌跡〜)』であった。本イベントは、体験農園を利用するマイファーマーの方々が自発的に企画から開催まで行ったものだから驚きだ。もうすぐ閉園する寝屋川農園を前に、7年間の自然農と向き合った時間を、気付きを、何か形として残したいという気持ちがあったのだという。そんな川崎さんに心惹かれた私は、すぐさま取材の約束を取り付けた。川崎さんの出身は兵庫県。芦屋市、西宮市、神戸市と引っ越しを繰り返すものの、いずれも都会育ちである。大学では教育学部にて、スポーツ科学やスポーツ社会学を専攻し、卒業後のお仕事も農業とは無縁のものであった。そんな川崎さんが自然農と出会ったのは今から7年前。「もともと体が弱くて、マクロビオティックを一時期やってたんです。食に対してこだわるわけですけど、外食はこういう店じゃないとダメとかなってくるんですよ。でも、そういうこだわりをしていくよりも自分で作れる方がいいんじゃないかと思ったんです。自分で自分の食べるものは作れるようにしといた方がいいと。作れる力をつけておきたいという気持ちになりました」

その後、野菜づくりできる場を探して、マイファームにたどり着き、15の有機栽培野菜づくりをスタートした。「最初は楽しかったですよ。芽が出てきただけで嬉しかったです。あと畝立てるのってこんな難しいんやとか。それから雑草を一生懸命抜いてたんですよ。週に1回しか来ないんで、来た時にそれなりに雑草が生えているんですね。だから一生懸命抜くんです。でも抜いた後の方が、土からエネルギーとか潤いがなくなって、無機質になっていく違和感を感じたんです。脇の土手の草刈り中も同じ違和感があって。その時に気仙沼でカキの養殖をしている人が森を大事にしている話を知りました。私の中でも、土手=気仙沼の森、畑=カキ養殖の海って置き換わったんです。あれ?これって大事な森を破壊しているんじゃないか?って」

その違和感の正体は、木村秋則氏を元にした映画「奇跡のリンゴ」を観た瞬間に腹落ちしたという。野菜づくりを始めて7ヶ月目のことだった。今まで自然とは縁遠い生活をしていた川崎さんが、なぜこれほど早くに違和感を感じるようになったのか。その答えは、川崎さんが取材用に提供してくださった写真に表れていた。厳選されていた7年間の写真はどれも定点観測のものが目立つ。毎月同じ位置や、同じ野菜、雑草をこれでもかと記録していた。その数は数百枚にも及ぶ。それほど15m2の畑に真摯に向き合っていたのだ。

 

無意識の変化

7年間の自然農を通して川崎さんの見える世界は変化していく。「いっぱいありますね、変わったこと。例えば、何か買いたいものがあった時に、まず自分で工夫できないかな?作れないかな?と思います。それに一次産業やっている人への敬意も増えたし、環境への意識も変わりましたね。次世代に対して豊かな自然を残すというのは生きている私たちの使命だと思うようになりました。エアコン付ける時とかにも自分のやっていることが地球の将来に対して、どういう影響があるかを考えるようになった。エアコン付けてますけど(笑)」質問に対して少し頭を悩ませながらも自身に起きた変化をポロポロと話してくれる。具体的な何かというよりも、無意識に考え方や見え方が変わっていったようだ。「結局、自然農に関わらず、野菜づくりをしていると、あらゆることに繋がってくるじゃないですか。芋づる式にいろんなことに興味を持ったり、いつの間にか考えたり、行動しているようになった気がします」

寝屋川農園では近くの河川から水を引いているのだが、川崎さんはその水の源流を探しに行ったこともあると笑いながら話してくれた。自然と向き合いながら生まれたその探究心は、大人をあっという間に少年に戻してしまう。時間も忘れて没頭したり、追い求めたりするというのは何と贅沢な時間なのだろうか。こんな遊び心を持つというのはとても大切なことではないだろうか。「僕、頭でっかちだったんですよ。だから、理屈で説明できることが全てだと思ってたんです。でも、大事なことは理屈では説明できないということだと気づきました」

<後編につづく> 後編の記事はコチラから>


文・写真/つくる通信編集長:松嶺仁宏

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